東京地方裁判所 昭和40年(ワ)10348号 判決 1967年10月31日
第一〇三四八号事件原告
第二一六八号事件被告 桑田敏男
右訴訟代理人弁護士 片山一光
第一〇三四八号事件被告
第二一六八号事件原告 谷昌男
右訴訟代理人弁護士 久能木武四郎
主文
一、昭和四〇年(ワ)第一〇三四八号事件につき、
1 同事件被告は同事件原告に対し、別紙目録記載第一の土地上別紙図面ニ・ト・チ線上に設置されたブロック塀を撤去せよ。
2 同事件原告のその余の請求はいずれも棄却する。
二、昭和四一年(ワ)第二一六八号事件につき、
1 同事件被告は同事件原告に対し別紙目録記載第一の土地の使用を妨害してはならない。
2 同事件原告の請求中、同事件被告が別紙目録記載第一および第三の土地につき賃借権その他の使用権を有しないことの確認を求める部分はいずれも訴を却下し、別紙目録記載第三の土地の妨害排除を求める請求は棄却する。
三、訴訟費用は、両事件を通じてこれを二分し、その一を第一〇三四八号事件原告(第二一六八号事件被告)の負担とし、その一を第一〇三四八号事件被告(第二一六八号事件原告)の負担とする。
事実
以下昭和四〇年(ワ)第一〇三四八号事件原告、昭和四一年(ワ)第二一六八号事件被告桑田敏男を原告と称し、昭和四〇年(ワ)第一〇三四八号事件被告、昭和四一年(ワ)第二一六八号事件原告谷昌男を被告と称する。
第一、昭和四〇年(ワ)第一〇三四八号事件について
一、当事者の申立
1、原告
(一) 原告が被告に対し別紙目録記載第一の土地につき、第一次的に賃借権を有することを、予備的に使用貸借による使用権を有することを、確認する。
(二) 被告は原告に対し別紙目録記載の土地上別紙図面ニ・ト・チ・ロ・リ線上に設置されたブロック塀を撤去せよ。
2、被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、原告の請求原因
1、原告は昭和二九年三月被告から別紙目録記載第一の土地(以下本件第一の土地と称する)および同記載第二の土地(以下本件第二の土地と称する。)を一括して目測二〇坪として建物所有の目的で期間の定めなく賃借した。
2、かりに、右賃貸借契約による借地の範囲が本件第二の土地に限られ、本件第一の土地が含まれていなかったとしても、原告は、昭和二九年三月以来同四〇年一〇月二七日まで右第一の土地を、自己の為にする意思をもってその賃借人として平穏公然善意無過失で原告所有建物の敷地として占有してきた。よって、原告は占有の始めより一〇年を経過した昭和三九年三月末日頃右第一の土地の賃借権を時効により取得した。
3、かりに、右第一の土地につき賃借権が認められないとすれば、原告は前記賃貸借契約と同時に被告から使用貸借により借り受けたものである。
4、原告は昭和四〇年八月本件第二の土地上に存する原告所有の建物の増築に着手したところ、被告は同年九月二九日突如として一方的に本件第一、第二の土地を実測しその面積が二三坪であることが判明するや、本件第一の土地約三坪に対する原告の使用権を否定し、実力をもってこれを奪回しようと企て、同年一〇月二七日別紙図面ニ・ト・チ線上に高さ約二メートル、厚さ約一〇センチメートルのブロック塀を設置して、第一の土地に対する原告の占有を奪い、さらに同年一一月上旬頃別紙図面チ・ロ・リ線上に高さ約二・四メートル、厚さ約一〇センチメートルのブロック塀を設置し、第二の土地上に存する原告所有の建物の通風・採光を妨害し、原告の第一、第二の土地に対する占有権の円満な行使を妨害した。
5、よって原告は被告に対し、本件第一の土地につき原告が賃借権を有すること、もし賃借権を有しないとすれば使用貸借による使用権を有することの確認を求め、第一、第二の土地の占有権に基き同地上に存する前記ブロック塀の撤去を求める。
三、請求原因事実に対する被告の答弁
1 請求原因1の事実中、被告が昭和二九年三月原告に対し本件第二の土地の一部を賃貸したことは認めるが、その余は否認する。
2、同2の事実中、原告が昭和三〇年頃から第一の土地を占有していたことは認めるが、その余は争う。
3、同3の事実は認める。ただし使用貸借成立の時期は昭和三〇年春頃である。
4、同4の事実中、被告が原告主張のようなブロック塀を設置したことは認めるが、その余は争う。
四、被告の抗弁
1、原被告間の本件賃貸借契約による借地の範囲は当初別紙図面A・B・C・D・Aを結ぶ線によって囲まれた約二〇坪であり、同図面B・C・ハ・ニ・Bを結ぶ線によって囲まれた部分は、昭和三〇年頃被告が原告に無償で使用させていたところ、昭和四〇年五月被告が原告所有建物の増築を承諾するに際し、原被告合意のうえ、右借地を別紙図面イ・ロ線より南に二〇坪に変更することとし、その南側本件第一の土地との境界は後日測量して確定し、二〇坪以外の土地は原告から被告に返還して貰うことになった。そして被告は同年九月二六日被告は原告の代理人である原告の妻の立会を得て右土地を実測し、本件第一の土地と第二の土地との境界を別紙図面ト・チ線と確定し、その南側の第一の土地の返還を受けた。よって右使用貸借は終了した。
2、かりに被告の右主張が認められず、原告が本件第一の土地につき賃借権を有するとしても、被告は昭和四〇年五月原告が本件第二の土地上に存する原告所有の建物の増築の承諾を求めたのに対し、被告は右土地の東側隣地に存する被告所有の建物の南端以南および同建物の中廊下以北には増築をしないことを条件としてこれを承諾したのに、原告は同年八月頃より右条件に違反して被告所有の建物の増築をしたので、被告は右条件違反を理由として同年一〇月七日原告到達の書面をもって同月八日限り本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。よって本件賃貸借契約は同年一〇月八日限り解除された。
五、被告の抗弁に対する原告の認否
1、抗弁1の事実は否認する。
2、抗弁2の事実中、原告が建物増築につき被告の承諾を得たことは認めるが、被告主張のような条件があったことは否認する。なお、被告主張の契約解除の意思表示が原告に到達したことは認めるがその効果は争う。
六、原告の再抗弁
被告の本件賃貸借並びに使用貸借契約解除は左記事情により、その貸主としての権利の濫用にあたる。
1、被告は本件第一および第二の土地を使用する生活上の必要はない。
2、原告は、子供(一男二女)も小・中学生となり、又、母及び妹二人を養わざるをえず、妻を含めると六人の家庭では、以前の家屋では到底生活はできず、増築は必要不可欠である。
3、右2の事情も含めて、本件第一の土地は原告の家庭にとって生活上、環境衛生上、更に危険防災等の見地から必要欠くべからざるものである。
七、原告の再抗弁に対する被告の答弁
すべて争う。
第二、昭和四一年(ワ)第二一六八号事件について
一、当事者の申立
1、被告
(一)、原告が被告に対し本件第一の土地及び、別紙目録記載第三の土地(以下本件第三の土地と称する。)につき賃借権又は使用貸借による使用権を有しないことを確認する。
(二)、原告は被告に対し右(一)記載の各土地の使用を妨害してはならない。
(三)、訴訟費用は原告の負担とする。
2、原告
(一)、本案前の申立として、被告の(一)の請求及び(二)のうち本件第三の土地に関する請求については訴を却下する。
(二)、本案につき、被告の請求を棄却する。
二、被告の請求原因
1、被告は原告に対し、昭和二九年三月別紙図面A・B・C・D・Aを結ぶ線で囲まれた土地を賃貸し、ついで昭和三〇年春頃別紙図面B・C・ハ・ニ・Bを結ぶ線で囲まれた土地を無償で貸与した。右土地はいずれも被告の所有である。
2、被告は昭和四〇年九月二六日原告から前記第一〇三四八号事件についての被告の抗弁1で主張するような経緯により本件第一および第三の土地の返還を受けた。
3、かりに原告が本件第一の土地につき、原告が第一〇三四八号事件で主張するような賃借権を有するとしても、被告は同事件についての被告の抗弁2で主張するとおり右賃貸借契約を解除したから、原告の賃借権は消滅した。
4、しかるに、原告は、本件第一および第三の土地の使用権がある旨主張して争い、右第一の土地上に被告が設置したブロック塀の撤去を求めて被告の右土地の使用を妨害しようとしている。
5、よって被告は原告に対し、その所有権に基き、本件第一および第三の土地につき原告が賃借又は使用貸借による使用権を有しないことの確認およびこれに対する被告の使用を妨害してはならない旨の判決を求める。
三、原告の本案前の抗弁
1、被告の申立のうち、本件第一の土地につき原告の賃借権又は使用貸借による使用権の不存在確認を求める部分は、すでに原告が提起した前記昭和四〇年(ワ)第一〇三四八号事件において原告の右土地に対する右権利の確認を求める部分と表裏の関係にあるものであるから、二重起訴にあたり不適法である。
2、被告の申立のうち、本件第三の土地に関する部分については、原告は右土地につき賃借権並びに使用貸借による使用権を主張した事実はなく、又、被告の使用を妨害しようとした事実もない。よって被告の右請求は訴の利益を欠くものである。
四、被告の請求原因事実に対する原告の答弁および抗弁
第一〇三四八号事件における被告の抗弁(二)及び(三)に対する原告の答弁および再抗弁と同一である。
第三、立証≪省略≫
理由
第一、昭和四〇年(ワ)第一〇三四八号事件について、
一、≪証拠省略≫を綜合すると、本件土地を含む大田区馬込東一丁目一四一二番の七宅地一〇九・九五坪(三六三・四七平方メートル)はもと訴外清水八重の所有であったが、被告の父谷定雄がこれを賃借し、その一部である本件第二の土地上に訴外安田正男をして約八・五坪の家屋を所有させていたこと、原告は昭和二九年三月安田から右建物を買受けてこれに入居したが、丁度その頃被告が前記土地を清水から買取ったので、原告は被告の代理人である定雄と交渉し、右建物の敷地として二〇坪の範囲を賃借したこと、その際原告と定雄との間の話合においては、従前安田が使用していた範囲をそのまま原告に賃貸する趣旨であったが、特段現地についてその範囲を明確にする措置はとらなかったこと、ただ原告は定雄から北側の別紙図面イ、ロ線から北側は非常口として空けておいてくれといわれたこと、当時別紙図面ハ・ニ・ト・チ・ロの各点を結ぶ線には生垣又は竹垣が廓してあったが、同図面ハ・チ線には囲いがなく、同図面ハ・ニ・ト・チ・ハの各点を結ぶ線で囲まれた部分(本件第一の土地)には庭木が植えてあって隣地である被告方から出入できる状態にあったこと、その後昭和三〇年春頃同図面ト・チ線の垣根が破損し原告方の子供が右の第一の土地に出入するようになったので、原告と定雄が相談して、右ト・チ線上の垣根をとり除き、同図面ハ・チ線に竹垣を設け、爾来本件第一の土地は原告がこれを庭として使用してきたこと、しかし原告はその後も地代は二〇坪分を被告に支払い、被告の方からも借地範囲の増加による増額を請求したことはなかったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
二、右認定の事実と当事者間に争のない本件第二の土地の面積が約二〇坪であることからすれば、原告が昭和二九年三月被告から賃借した土地の範囲は本件第二の土地に限られ、本件第一の土地は含まれていなかったものとみざるをえず、右第一の土地は昭和三〇年春頃以来被告が原告に無償で使用させたものであって、原告の右土地占有は使用貸借契約に基くものと解するのが相当である。
なお、原告は右第一の土地につき賃借権の時効取得を主張し、原告が右土地を昭和三〇年春頃から一〇年以上占有してきたことは前記認定のとおりであるが、かりに原告が右土地につき賃借権を行使する意思をもってこれを占有していたとしても、前記認定のような事情からすれば、原告が右土地につき賃借権を有するものと信じたことにつき過失がなかったものとは認めがたいから、原告の右主張は採用できない。
三、次に、原告が昭和三〇年春以来被告との間の使用貸借契約により本件第一の土地を使用してきたことは、前記認定のとおりである。被告は、昭和四〇年九月二六日原告の同意を得て右土地の返還を受けたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。しかし、被告は昭和四一年(ワ)第二一六八号事件において、原告に対し本件第一の土地について所有権に基く妨害排除を請求しているのであり、右訴の提起は右使用貸借契約の解除の意思表示を含むものと解されるから、同訴状が原告に送達された昭和四一年三月一七日かぎり右使用貸借契約は解除されたものというべきである。
四、原告は、被告の右使用貸借契約の解除は権利の濫用であると主張する。
≪証拠省略≫によれば、なるほど、被告は住むべき家も土地も所有し、本件第一の土地を使用しなければならない格別の必要性があるとも認められず、原告の家庭の事情も原告主張のようであることは認められるが、本件第一の土地が原告の生活上必要不可欠であるとまで認めるに足る証拠はなく、又、使用貸借契約は原則として貸主がいつでも解除できる極めて弱い契約であることに鑑みれば、被告の右契約解除を権利の濫用というのは早計である。よって原告の右主張は採用することができない。
五、よって、原告の本件第一の土地につき賃借権又は使用貸借による使用権の確認を求める請求はその理由がないから棄却すべきである。
六、次に原告が本件第二の土地を占有し、第一の土地を原告主張の日まで占有していたこと、被告が原告主張の頃原告主張のブロック塀を設置したことについては当事者間に争がない。そして、≪証拠省略≫によれば、原告は被告の承諾をえて昭和四〇年八月頃から本件第二の土地上にある原告所有建物に二階をつける等の増築を開始したところ、右増築が被告の予想以上の大規模なものであったことに憤激し、同年九月下旬頃一方的に本件第一および第二の土地の測量をなし、同年一〇月下旬別紙図面ニ・ト・チ線上にブロック塀を設置し、原告の本件第一の土地の占有を奪取したことが認められ、右認定に反する証拠はない。よって原告の右土地に対する占有権に基く右ブロック塀の撤去を求める部分は理由があるから認容すべきである。
次に別紙図面チ・ロ・リ線のブロック塀は原告の占有地と被告の占有地との境界線上に設けられたものでありその設置により、原告の建物の通風採光がある程度阻害されたことは原告本人尋問の結果により認められるが、これが原告の第二の土地および地上建物の占有権を侵害する程度に達したことを認めるに足る証拠はないから、原告の右ブロック塀の撤去を求める部分は理由がなく棄却を免れない。
第二、昭和四一年(ワ)第二一六八号事件について
一、被告の申立のうち本件第一の土地につき原告の賃借権又は使用貸借による使用権不存在確認請求の部分が、原告の提起した昭和四〇年(ワ)第一〇三四八号事件における賃借権等確認請求と表裏の関係にあることは弁論の全趣旨により明らかであるから、二重起訴にあたり不適法な訴というべきである。
又、被告の申立のうち本件第三の土地につき原告の賃借権等不存在確認を求める部分については、原告が右土地の使用権を主張していないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、右請求は訴の利益がないものというべきである。
よって被告の右請求についてはいずれも訴を却下すべきである。
二、被告が本件第一および第三の土地につき所有権を有することは当事者間に争はない。
ところで、右第三の土地については、原告は何等使用権を主張しておらず、原告が被告の右所有権を妨害するおそれがあることを認めるに足りる証拠はないのであるから、被告の右土地に対する妨害排除を求める請求は理由がないから棄却すべきである。
なお、原告は、右妨害のおそれのないことを捉えて訴の利益がない旨主張しているが、それは訴の利益の問題ではなく、被告の請求を理由あらしめるか否かの問題である。
三、次に本件第一の土地につき原告にその占有権原が認められないことは前に判示したとおりである。そして原告は右土地につき占有訴権に基き、被告によって奪われた占有を回復しようとしていることは前述のとおりである。してみると原告が右占有訴権により右土地の占有を回復した暁にはその占有により被告の所有権を妨害する虞があることは明らかである。
よって、被告の右土地に対する所有権に基く妨害排除の請求は理由があるから認容すべきである。
よって、訴訟費用の負担については、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺忠之)
<以下省略>